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ブラームス交響曲 全曲チクルス インタビュー (2005/5/9) モーストリー クラシック 2005年11月号 レコード芸術 2005年9月号 クラシック ニュース インタビュー
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| 湯浅 卓雄 インタビュー | ||||
| モーストリー クラシック 2005年11月号 [出番です] | ||||
| 湯浅卓雄は、60年代後半からアメリカで本格的な音楽の勉強を初め、ウィーンへ留学、指揮の名教師スワロフスキーに師事。その後、イギリスのBBCスコティッシュ交響楽団やアルスター管弦楽団の首席客演指揮者などのポストを歴任。ナクソスレーベルを専属契約し武満徹、ブリテンなどの作品集をリリース、「日本作曲家選輯」では中心指揮者として活躍する。この十月の山田耕筰の管絃楽曲を集めた演奏会では、日本的な交響曲を目指した長唄交響曲「鶴亀」という珍しい作品を演奏する。 EMIから90年に国内版でリリースされた「シェエラザード」で初めて日本では存在が知られました。 生まれ、育ちは大阪で、音楽は、地元のユース・オーケストラでクラリネットなどを演奏していましたが、音楽の学校ではありませんでした。あるとき、高校を訪問されたアメリカ人夫婦から、「音楽を勉強しにアメリカに行く気はあるか」と言われて、「そうしたい」と答えると。半年ぐらい経つと「来なさい」という手紙が来て、アメリカでのシンシナティ大学へ留学しました。卒業して、指揮を勉強するなら、レパートリーや文化の面でも中央ヨーロッパに行かなければ完結しないと考え、卒業後にウィーンへ留学しました。 ウィーンでは、名教師のハンス・スワロフスキーに師事されましたね。 ウィーンは環境的にはよかったですよ。オペラには毎日のように行きましたし、多くの練習に立ち会って勉強しました。バーンスタインをはじめとして、ウィーン・フィルなどに客演する数多くの名指揮者の練習を聴きました。ウィーン国立音楽大学では、スワロフスキーに師事したんですが、在学中に亡くなられ、最後の弟子の一人になりました。先生が教えてくれた楽譜に対するアプローチは、いまでも、実践しています。楽譜をどう読むかということを徹底的に教えてくれました。楽譜がわかっていれば、後はなんとでもなる。振り方は各自のやり方でやりなさいと。 湯浅さんは、イギリスが本拠というイメージが強いのですが。 八四年から五年間、群馬交響楽団の指揮者を務め、八九年にBBCスコティッシュ交響楽団から客演の誘いが来ました。実は、以前にイギリスのブリストルの指揮者コンクールを受けたのですが、審査員にBBCスコティッシュ交響楽団の音楽部長がいて、「あなたの作る音楽は良い。優勝できなかったのは残念だが、うちに呼ぶから心配するな」と勇気づけてくれました。ところが、サッチャー政権で、BBCのオーケストラが整理されるという事で、実現したのが十年後となったのです。出演してすぐ、首席客演指揮者に就任、六年間勤めました。いまは、同じイギリスのベルファストのアルスター管弦楽団で九七年から首席客演指揮者をやっています。 「ナクソス」レーベルの「日本作曲家選輯」の中心指揮者として続々とCDをリリースし、この十月には、山田耕筰の管絃楽曲の演奏会が控えています。 ナクソスの録音では、海外のオーケストラで日本の曲を演奏していますが、民謡の旋律なども楽譜通りに演奏すると、日本でやるのと違った演奏になり、作品の別の姿が見えてきます。日本人が西洋音楽を演奏するのと逆の事をしています。矢代秋雄作品集の批評で作曲家の池辺晋一郎さんが「これが普遍という事か」と褒めて書いてくれましたが、これまでは、武満徹を中心に一握りの作曲家だけが、ヨーロッパなどで演奏されて、違った文化の中でいろいろな解釈の可能性が追求され、作品として成長して来たのですが、この録音はそういった曲を増やして行く良い機会だと思います。 今度取り上げる山田耕筰は、近年再評価が進んでいます。 山田耕筰になって初めて、ある普遍性を持った曲が書かれるようになった原点ですから。指揮者としても国際的に活躍していて、オーケストラで何ができるかという事を知っていたという感じがしますね。演奏会では「山田耕筰の遺産〜日本の交響楽を求めて」というタイトルで、演奏プログラムは、序曲ニ長調と交響曲「かちどきと平和」、交響詩「曼荼羅の華」という、それぞれの分野での最初の作品を並べ、その後、山田がいろんな試行錯誤の末に「日本の独自の交響曲を作らなければならない」と考え、篳篥をオーケストラに加えた「明治頌歌」や長唄とオーケストラを共演させる長唄交響曲「鶴亀」という斬新で、勇気ある試みを行った曲を取り上げます。 演奏会の前半と後半で、作曲家の作風がかなり変化する訳ですね。 前半に演奏する三つの曲は、ベルリンの高等音楽院留学時代に書かれた作品で、特に帰国する年に書かれた「曼荼羅の華」は、当時圧倒的な存在だったリヒャルト・シュトラウスばりの洗練されたオーケストレーションで、譜面もきれいに書かれています。何度みても感心します。 それが、初めて邦楽器である篳篥とオーケストラが共演した「明治頌歌」は、まだ、整然としていますが、長唄交響曲「鶴亀」になると、日本の歌が入る事によって、曲全体がうなっている。山田自身は、日本の伝統音楽に価値を見出していたそうですし、民謡の採譜をして残そうとしたことも聞いています。ドイツでその音楽の技法とともにその精神も学んで来た。日本に帰って来てその精神の部分を自分なりに曲に加えようとしたのではないかと思います。 長唄交響曲は「鶴亀」は、ほとんど演奏されていない曲ですね。 生前の山田耕筰さんが、立ち会って東芝レコードに録音しています。その後、追善演奏会で演奏されたという記録があるそうですが、関係者には記憶がないということです。長唄の「鶴亀」は、作曲当時の一九三四年には、めでたい時にいろんなところで歌われたポピュラーな曲だったそうです。それを全曲演奏して、オーケストラが、あるときは長唄の伴奏をして、またある時は、主従が入れ替わるという、コラボレーションを繰り広げます。オリジナルの長唄をそのまま持ってくるという、当時も今も考えられないような斬新な発想です。長唄は、西洋音楽の譜面に記すこと出来ないので、指揮者として両者を合わせるのもとても難しい。それだけに独特の世界があって、とても面白い曲です。舞台上演を体験する貴重なチャンスだと思います。 その他のインタビュー ●ブラームス 交響曲全曲チクルス インタビュー ●レコード芸術 2005年9月号 |
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