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湯浅 卓雄 新聞・雑誌・インターネット 掲載記事


神戸新聞(朝刊)
“音楽季評”小石 忠男 '06 11月29日

湯浅卓雄(指揮)/漆原朝子(ヴァイオリン)
絶賛批評記事掲載


上記タイトルをクリックすると新聞掲載記事をご覧になることができます。


関西音楽新聞 '06 12月1日 第654号

シューマンの内奥に潜む透明感を表出
湯浅卓雄指揮/大阪センチュリー響


 湯浅卓雄指揮・大阪センチュリー交響楽団による“シューマン・交響曲チクルス”の第2段である。プログラムは「マンフレッド序曲」と、漆原朝子をソリストに迎えての「ヴァイオリン協奏曲」、それに「交響曲第3番“ライン”」という組み合わせ。
 分厚い、しかし透明感に満ちた弦に、ホルンなどの控えめな響きを巧みに絡ませた「マンフレッド序曲」で、湯浅はシューマンの世界を開示する。バイロンの劇詩に描かれる愛の遍歴や苦悩はむしろ浄化されたような響きで引き出されたが、それは後に続く演奏への想いを誘導する役割も果たしていたように思う。
 演奏される機会の少ない「ヴァイオリン協奏曲ニ短調」(遺作)に接することができたのも大変嬉しいことだが、さらに湯浅と漆原のコンビが透徹したシューマンの内奥へとひたむきに迫る演奏に強く打たれた。漆原のヴァイオリンは決して突出することなく、内面を凝視しながら一音、一音を積み重ねるようにオーケストラと対峙する。オケの響きも内面へと食い込むように主題を刻み、歌い上げる。ソロと絡み合う間合いも絶妙で、特に第2楽章では苦悩のあえぎの中にも一筋の光、希望や憧憬を求める切ないほどに純化された世界が描き出されていた。
 「交響曲第3番」でオーケストラの響きは心持ち趣を変えた。金管と弦は解放されたように明るく飛翔する。しかし、それは決してシューマン特有の翳りを忘れた響きではない。時折、垣間見せる“影”も流れの中で的確に機能しているため、その明るさは貴重な輝きを放射していた。シューマンにはともすると、錯綜し分裂する想い、といったイメージがつきまとう。しかし、湯浅卓雄と大阪センチュリー交響楽団はこの日、ロマン派特有の側面と同時に、彼の内奥にある澄み切った世界も引き出した。シリーズの今後の演奏会にも注目したい。
(10月29日、神戸新聞松方ホール)(嶋田 邦雄)


音楽の友 '06 12月号

オーケストラ 大阪センチュリー交響楽団/シューマン・ツィクルス-1

 目覚ましい活躍が、実際の能力や資質とピタリと符合する人の仕事に接するのは痛快だ(人気や活躍だけが空転する人だってあるから)。
 前回のブラームス・ツィクルスの出来映えが、実況CDと併せて大好評の湯浅卓雄の指揮、センチュリー響によるシューマン連続演奏第1回。
 序曲《ゲノフェーファ》は、しかし前途に不安を抱かせる。合奏が雑然として散漫。まだ準備運転中か。
 続く「第1交響曲」も序奏は前曲の空気を持ち越している。ところが主部に入って豹変。目の覚めるリズムの冴え。《春》と言いつつ鈍重な音になりがちな曲が、これほどの敏捷性と輪郭の鮮明さ、しなやかな弾力で現出する例を知らない。湯浅の指揮棒なしの手指もキビキビと運んで集中度も高い。シューマンの管弦楽を克明に掘り起こす清爽な春風だ。
 後半「第2交響曲」も細部の整理が見事に行き届き、何より抜群の推進力。ここでは音楽に一瞬の停滞もない。そのうえ歌の表情のなんと活き活きと聴き手を魅惑することか。どの音符や音型にも自在の生命感が漲る。決して単純でない作品の構造が燦然と浮上して胸のすく風景。楽団の精度も高い。もっと湯浅の仕事ぶりに接したい人は多いはず。(9月30日・神戸新聞松方ホール)
(響 敏也)


「古楽特派員テラニシ」011──湯浅卓雄が語るシューマンの交響曲の魅力

 9月30日に行われたチクルス第1回目を聴いた。
 湯浅とセンチュリー響はオープニングの《ゲノヴェーヴァ》序曲から、アグレッシヴな好演。続く第1番《春》でも、全体として小ぶりの編成に抑えた弦楽器を臆することなく管楽器を十分かつ効果的に鳴らし、その楽想の若々しさが存分に伝わってきた。第1ヴァイオリンは所々でアンサンブルに乱れはあるものの、全体的に瑞々しい響きが心地よい。ヴィオラもよく鳴っていたが、バランス的には第2ヴァイオリンがもっと聞こえてきてもいいはずだ。特に、今回は対向配置を採用しているだけに、その非力さは気になるところだった。
 今回、特筆すべきは第2番。シューマンの交響曲全4曲の中でも、特に演奏者にとって「聴かせる」ことの難しい曲だが、全体の構成に破綻無く、しかも演奏者と聴き手の緊張感を途切れさせることになく最終楽章のコーダにもってゆき、最後には下品になる寸前まで管打楽器を鳴らしてゆくあたり、名人・湯浅の面目躍如と言える。筆者がシューマンの第2番でこれほど感動させられたことは、実は初めての経験だと告白しておこう。
 第2、3回目のステージも大いに期待できるだろう。


 

日本経済新聞(夕刊) '06 10月10日

湯浅卓雄指揮のシューマン交響曲 明快な構成、スマートに

 今年はシューマンの没後百五十年だが、本格的な回顧企画は意外に少ない。四つの交響曲の全曲演奏を敢行するのは、国内では湯浅卓雄指揮大阪センチュリー交響楽団だけとのこと。交響曲第一番、第二番と歌劇「ゲノフェーファ」序曲を演奏する第一回を聴いた(9月30日、神戸新聞松方ホール)。
 湯浅の手に掛かると、管楽器が開放的に輝かしく響き、シューマンがベートーヴェンに劣らず壮麗な音楽になる。交響曲第二番の第二楽章、弦楽器が忙しく動き回るスケルツォを整然とまとめるなど、二管編成の機動力が持ち味の大阪センチュリー響との相性も良い。
 なかでも、特異な形式で書かれた同曲の第四楽章から、話題の提示、展開、解決という明快な構成が聞きとれることに驚かされた。楽譜を的確に読み、全体を見据えてテンポや表情を制御する実にスマートな演奏だった。
 ただし、ドイツ音楽特有の地方色への配慮は薄い。「ゲノフェーファ」序曲は響きが鈍重で、ドイツの森や狩人の世界が明快な像を結ばない。春の浮き立つ気分を描いたとされる交響曲第一番も、雷鳴や小鳥のさえずりから連想を広げたり、甘い歌に酔い、小躍りするリズムで遊ぶわけではない。
 湯浅が作り上げるのは、弦楽器が一斉にリズムを刻む彫りの深い響きの迫力や、対向配置のヴァイオリンと舞台奥の管楽器が、前後左右で歌い交わすステレオ効果など、国籍にとらわれない音のパノラマ。ピアノ曲で慣れ親しんだロマンチックな夢の世界を期待していたので、肩すかしの感は否めないが、シューマンを現代的なオーケストラ美学に引き寄せるのも、ひとつの見識ではあると思う。
(音楽評論家 白石知雄)


読売新聞(夕刊) '06 9月27日

シューマン没後150年 交響曲すべて指揮

 英国を中心に活動する指揮者の湯浅卓雄が、大阪センチュリー交響楽団と9〜11月に神戸新聞松方ホールで、没後150年を迎えたシューマンの交響曲のチクルス(全曲演奏)を行う。
 3回公演で、1回目の9月30日は交響曲第1番「春」、第2番などを演奏。10月29は第3番「ライン」と、バイオリンに漆原朝子を迎えてバイオリン協奏曲など。11月21日には第4番と、英国のスティーブン・イッサーリスの客演によるチェロ協奏曲などを聴かせる。
 湯浅は大阪出身でスコットランド在住。世界的指揮者のマタチッチ(故人)に師事し、英国を拠点に活動。昨年まで英国アルスター管弦楽団の首席客演指揮者を務め、ロンドン・フィルなどに客演している。
 「シューマンの交響曲を振ると、彼の躍動する感情が音楽になってほとばしるのを感じる」と湯浅。センチュリー響とは昨年、ブラームスの交響曲全曲の演奏会を成功させており、今回も意欲を見せている。
 1回目の公演は前売り一般5000円、2回目は同6500円、3回目同7000円など。コジマ・コンサートマネジメント(06・6241・8255)



産経新聞(朝刊) '06 9月24日


シューマン没後150年 東西で「記念演奏会」

 今年、記念年を迎える作曲家の中で、モーツァルトや武満徹に比べると没後150年になるシューマンの盛り上がりはいまひとつ。オーケストラ作品、ピアノ曲、声楽曲は高く評価され、多くの演奏家のレパートリーとして定着しているが、なぜか地味だ。そんな中、横浜市の神奈川県民ホールと神戸市の松方ホールが、独自企画としてそれぞれ記念の連続演奏会を行う。

中略

 松方ホールでは、大阪出身でイギリスを中心に活躍する指揮者の湯浅卓雄が、大阪センチュリー交響楽団と「交響曲全曲&主要管弦楽曲・協奏曲チクルス」と銘打ち、30日、10月29日、11月21日という全3回の演奏会を行う。湯浅と同響は、同ホールで昨年もブラームスの交響曲全曲演奏を行い、チケットは完売、CDもリリースされ好評を得た。今回は、交響曲全4曲と演奏機会が少ないバイオリン協奏曲には漆原朝子、チェロ協奏曲にはイッサーリスをソリストに迎える。
 ウィーン留学時代に名教師ハンス・スワロフスキーの教えを受けた湯浅は「第4番の交響曲のレッスンを受けました。シューマンの交響曲は管弦楽法の扱いが演奏の鍵を握る。700席強というホールのサイズも音がダイレクトに客席に伝わるので、シューマンの新たな魅力を感じてもらうような演奏をしたい」と意欲を見せる。
(平末広)


音楽の友 '06 10月号

大阪センチュリー響とともにシューマンのオーケストラ作品を

 NAXOSレーベルの看板指揮者で、イギリスを拠点に旺盛な活動を繰り広げている湯浅卓雄が、気心の知れた大阪センチュリー響とシューマンの選集に挑む。昨秋んおブラームスに続く期待度十分のプロジェクトで、交響曲全4曲に愛すべき序曲が3曲。さらにライヴではなかなかお目にかかれないヴァイオリン協奏曲、珠玉のチェロ協奏曲も添えられた。ソリストは漆原朝子とスティーブン・イッサーリスだ。
 「友人のイッサーリスには個人的に交渉しました。前にBBCスコティッシュでシューマンをやっています。ヴァイオリン協奏曲はとても難しいけれど、ある意味で一番シューマンらしい曲。前からやりたいと思っていました。松方ホール〈700席〉は、お客さんの息づかいを背中で感じることのできるホールで、一体感を必要とするシューマンにも向いています。」
 楽都ウィーンでスワロフスキー教授から交響曲第4番のレッスンを受けたのも懐かしい、と語る湯浅は、私たちが漠然と思い描く以上にこの作曲家を演奏してきたマエストロだ。
 「シューマンは僕にとって憩いの家。それとともに立ち向かうことで創造のエネルギーをもらう音楽でもあります。モティーフの分析もできますが、すべての作品から沸き上がる悲しみ、喜び、歌心が魅力です。音楽が奔流のごとくあふれ出る、スポンテイニアスな場面がたくさんあります。《春》や《ライン》の出だしなど若い頃から大好きでした。オーケストレーションは独特ですが、実はそこがいいのです。今のセンチュリーの機能、力量と、音を変えているわけではないけれど、僕のちょっとした秘策を楽しみになさってください」
 9月30日が《ゲノフェーファ》序曲に《春》と交響曲第2番、10月29日が《マンフレッド》序曲、ヴァイオリン協奏曲に《ライン》で、開演はそれぞれ午後4時。11月21日が序曲、スケルツォとフィナーレ、チェロ協奏曲に交響曲第4番で、開演は午後7時15分。いずれも神戸新聞松方ホール。問い合わせ先は、コジマ・コンサートマネジメント(06-6241-8255)。
取材・文=奥田佳道



産経新聞(朝刊) '06 9月3日

すべて作者の人物像を投影

 モーツァルト・イヤーの陰に隠れた感もあるが、今年は没後150年のシューマン・イヤーでもある。普段以上にシューマンの歌曲やピアノ曲を取り上げた演奏も目立つが、これらに比べれば、交響曲の人気はいまひとつ。「オーケストレーションが下手だから」とも言われるが、果たして本当なのか。記念の年に国内で唯一、全曲チクルス(連続演奏)に挑む指揮者の湯浅卓雄氏とともに、シューマンの交響曲の魅力を探った。
(寺西肇)

 シューマンは1841年に最初の交響曲(第1番《春》)を完成し、50年までの間に計4曲を発表。この他にも、習作と見られる初期の作品など未完成の数曲が残っている。第1番はタイトルの通り、春を迎えた瑞々しい喜びに満ちあふれ、第2番は彼のピアノ独奏曲を思わせる緩徐楽章が印象的。実は第1番と同時期に作曲され、後に改作された第4番は全4楽章が切れ目なしで演奏され、深い精神性をたたえる。そして、事実上、最後の交響曲である第3番《ライン》は、ケルン大聖堂に霊感を得たと言われる壮大な作品だ。
 それぞれが個性あふれる輝きを放つにもかかわらず、一般的な評価の低さは「オーケストレーションの弱さ」から来るとされる。「確かに、問題はある。そもそもシューマンは、気持ちのあふれるままにスコアを書くような作曲家だったので、細かい点にまで気を配る余裕がなかったのでしょう」と湯浅氏。「特にバランスが悪くて“風通しの悪い”スコアで、単に演奏するだけでは曲のテーマが埋もれてしまったりすることがある。マーラーがシューマンの交響曲のスコアに手を加えて演奏したのも、この点が不満だったのでしょう。しかし、あえて手を加えなくても、テーマを意識的に強調することなどで、魅力的な演奏が十分に可能だと思う」
 第1バイオリンに主旋律を任せ切りになり、第2バイオリン以下の弦楽が刻みで伴奏する場面の多さも指摘される。しかし、例えばオーケストラを対向配置(第1と第2のバイオリンを左右に配する。近代オーケストラでは通常、ヴィオラかチェロが客席から向かって右側に座る)にした演奏を聴けば、シューマンが弦楽アンサンブルに求めたであろう、“色彩”に触れる感覚になれる。
 また、シューマンがまだ管弦楽法に不慣れだった根拠の一例として、《春》が当初、当時のバルブのないホルンでは演奏の難しいB音で書き出され、後にD音に直されていたことも挙げられる。だが、これにも湯浅氏は「シューマン自身は、どうしてもこの音にこだわりたかったが、初演の際に現場の判断でやむなく変更した可能性もあり、即断は禁物。自筆譜などの綿密な再検討の必要は、あるでしょうね」。
 シューマンの夭折の要因ともなった人生を通じての情緒不安定さは、その作品に影を落としていることは事実だ。しかし、それは音楽に必要不可欠な繊細さの裏返しとも言える。湯浅氏は「特に、それぞれ個性的な交響曲の全4曲は、すべてシューマンその人」と表現。「ぜひ一度、4曲を続けて聴いてほしい。そうすれば、聴き手それぞれに、シューマン像が浮き彫りとなり、必ず聴取体験の糧になるはずです」と語る。
 湯浅氏が大阪センチュリー交響楽団と取り組む「シューマン交響曲全曲チクルス」は9月30日(第1、2番ほか)◎10月29日(第3番、バイオリン協奏曲=ソロは漆原朝子=ほか)◎11月21日(第4番、チェロ協奏曲=ソロはスティーブン・イッサーリス=ほか)ーの全3回、神戸・松方ホールで。問い合わせはコジマ・コンサートマネジメント 06-6241-8255。




日本経済新聞(夕刊) '06 8月10日


シューマンの交響曲全4曲 湯浅卓雄指揮で連続演奏

 世界的に活躍する大阪出身の指揮者、湯浅卓雄がシューマンの没後百五十年を記念して企画された交響曲チクルス(連続演奏会)でタクトを振る。その企画とは今秋、神戸市の松方ホールで行う「大阪センチュリー交響楽団KOBE特別演奏会」。九月三十日に「第一番・春」と「第二番」、十月二十九日に「第三番・ライン」、十一月二十一日に「第四番」を演奏する。
 「シューマンというと難しいオーケストレーションを想像する方もいるが実際は違う」と湯浅。「古典の形式に裏打ちされたロマンチストの真骨頂的音楽」と評する。
 湯浅自身もかつては堅苦しいイメージを持っていたが、「演奏すればするほどわき上がる感情を感じる」ようになった。「四つ連続して聞くと感情のドラマがわかる。一番はみずみずしく、二番は野心に満ち、三番は堂々としていて四番でみずみずしい若さを取り戻す」という。
 曲目はほかに遺作のバイオリン協奏曲(十月二十九日)、チェロ協奏曲(十一月二十一日)などを予定。ソリストには漆原朝子(バイオリン)、スティーブン・イッサーリス(チェロ)を招く。湯浅とセンチュリーは二〇〇五年十一月にブラームスの交響曲チクルスを成功させた。今回も「シューマン本来の姿を浮かび上がらせたい」と力を込める。

日経ネット関西



神戸新聞(夕刊) '06 8月9日

ほとばしる歌心 音に
シューマン作品連続公演


 指揮者の湯浅卓雄と大阪センチュリー交響楽団によるシリーズ公演「シューマン 交響曲全曲&主要管弦楽曲・協奏曲チクルス」が九-十一月に計三回、神戸新聞松方ホールである。シューマン没後百五十周年に合わせたユニークな企画。湯浅は「感情豊で、ほとばしる歌心を音楽に表したシューマン像が、はっきりと見えてくるはず」と自身を語る。
 第一回(九月三十日)は、歌劇「ゲノヴェーヴァ」序曲に続き、交響曲第一、二番。第二回(十月二十九日)、第三回(十一月二十一日)では、いずれも交響曲をメーンに、バイオリンの漆原朝子、チェロのスティーブン・イッサーリスをそれぞれソリストに招き、協奏曲を取り上げる。
 「交響曲は躍動感ある第一番から、全四楽章を切れ目なく演奏する第四番まで、独特の流れがある。短期間でまとめて演奏すると、一曲一曲がより一層、生きてくる」
 一九七六年、ウィーンのトンキュンストラー管弦楽団を指揮してデビュー。九六年、世界的レーベル「ナクソス
」と専属契約を結んだ。大阪センチュリー交響楽団とのコンビでは昨年、ブラームスの交響曲全曲を二公演で演奏して絶賛され、公演をライヴ録音したCDも好評だ。
 「全曲演奏を通してブラームスの心の浮き沈みが伝わり、人生の一部を一緒に歩んだようだった。今回も同じような体験ができれば」
 第一回は五千円、二回は六千五百円、三回は七千円。三回セットで一万五千円。神戸新聞松方ホール 078・362・7191
(佐藤由里)



湯浅卓雄(指揮)&クィーンズランド管弦楽団 公演評(豪名門紙 The Australian)

クィーンズランド管弦楽団 マエストロ・シリーズ(2006年3月4日)

指揮:湯浅卓雄
独奏:エヴァリン・グレニー

プログラム
ベートーヴェン:『レオノーレ』序曲 第3番 op.72a
Hindson : Percussion Concerto (World Premiere)
ラフマニノフ:交響曲 第3番 イ短調 op.44


・・・・・オーケストラはここまで好調ではあったのだが、ラフマニノフ第3番になって、この夜の最高の名演奏となった。
暗譜で指揮をした湯浅は、心を奪われずにはいられないほどに磨き上げられた、みずみずしくしなやかな弦の外観を力強く描ききった。
そしてまた、各セクション間から生み出される相互の共鳴にはこの上ない満足感を覚える。
弾むような木管セクションが全体のまとまりを一層助長したが、その中でも特に客演の首席クラリネットの活躍が光る。

第2楽章は、稀に見る優美なホルン・ソロもあって、魅惑的であった。

『レオノーレ』序曲(第3番)での湯浅は、ベートーヴェンのトレードマークであるダイナミクスの鋭い対比を、限界まで大胆に推し進めた。


ミュージック・ペン・クラブ MPC LAND Review '06 3月号

「東京都交響楽団 第621回定期演奏会 Aシリーズ」1月24日 東京文化会館

 3年前まで都響の1月定期と言えば「都響日本の作曲家シリーズ」であった。再び都響はA、Bシリーズで別宮貞雄と芥川也寸志の作品を置き、Bシリーズは若杉弘、Aシリーズは湯浅卓雄が指揮し、いずれも盛況で、このようなプログラムでは珍しい。Aシリーズを指揮した湯浅卓雄は首都圏のコンサートシーンでは知られざる巨匠だが、ナクソスの日本作曲家選輯のCDでの評価は高く、イギリスと北欧、ポーランドとニュージーランドのオーケストラ関係者はみんな彼のことを知っているとのこと。北アイルランド、ベルファストのアルスター管の首席客演指揮者でもあり、今年はロンドン・フィルの定期に登場。ヨーロッパで活躍している湯浅だが、プログラムの後半にプロコフィエフの「交響曲第6番」を指揮。この作品は日本のオーケストラでは滅多に演奏される機会がない。演奏が非常に難しい曲の一つに思われるが、湯浅はこの曲に生命を与え、十分に管弦楽的色彩・音量を出させており、何よりもリズムが素晴らしい。特に第3楽章のフィナーレの演奏が立体感と、この作曲家特有の鋭さがよく表出されていて、こまかい所まで隙なく磨かれ、全体の構成もよく整っていた。何故、これほどの指揮者が首都圏のオーケストラを指揮してこなかったかが不思議である。湯浅は高校を卒業し、アメリカとウィーンで作曲理論と指揮を学び、日本の音楽学校を卒業していないからであろうか。これからの湯浅の活躍を期待したい。
 プログラムの前半は、芥川也寸志の「弦楽のための三楽章」と「チェロとオーケストラのためのコンチェルト・オスティナート」。チェロを弾いたのは山崎伸子で、演奏はチェロ独特の豊かな美しさを味あわせ、カデンツァの歌の巧みさが印象に残った。

(音楽評論家 藤村 貴彦)


音楽の友 '06 4月号

関西フィルハーモニー管弦楽団(第181回)

 いまや国際的に華々しく活動する湯浅卓雄の指揮。曲目は諸井三郎「小交響曲」作品24、グラズノフ「ヴァイオリン協奏曲」、ラフマニノフ「交響曲第3番」。湯浅好みでしぶいが、演奏はいずれも作品の内容を深い共感で描き、アンサンブルのみごとなことも特筆しておきたい。まず諸井作品だが、明快きわまる旋律線と着実なリズム処理が、すべてに明晰な音楽を聴かせた。精緻な曲の書法も的確にあらわされたが、特に日本調を意識させた第3楽章では、丹念な音符の処理と相俟って、親しみやすい演奏に仕上げられた。
 グラズノフは漆原朝子の独奏がこの上なく着実・緻密な音楽。彼女の豊麗な音の曲線が旋律を息づくように歌い、まったく隙のない技術と造形が、内面の情緒を自然に湧出させた。ラフマニノフも湯浅の強靱な統率力によって、すばらしく透明度の高い演奏を展開した。音構造の分析的な表現も曲にふさわしい。弦を主体としたバランスと鮮烈なリズム、楽想に即したアゴーギクも申し分ない。したがって要所が堅固に高揚したが、半面、終楽章では、作品自体の構造的な弱点を如実にあらわした印象を残した。止むを得ないと思う。

2月23日・ザ・シンフォニーホール
(音楽評論家 小石忠男)



音楽現代 
'06
 
4月号

東京都交響楽団 第621回定期演奏会

 別宮貞雄プロデュースのシリーズ第2回目は、芥川也寸志とプロコフィエフ。まず弦楽のための三楽章。定期初登場の湯浅卓雄の指揮が光る。“アレグロ”のキレの良さ。鮮明なグラデーションに目を見張る。第2楽章の透明感と豊かな表情や第3楽章のリズム変転の巧緻な描写も絶妙。芥川的洗練をシャープにすくう。チェロと管弦楽のためのコンチェルト・オスティナートは鋭く切り込む内面性と鮮やかな構成力。ソロ山崎伸子の熱演も光る。プロコフィエフの交響曲第6番は湯浅の実力を強烈に印象づけた。それは、プロコらしい響きのメカニカルな構造や表情を、実にシャープにとらえることで、複雑な内面性鮮やかに浮かび上がらせたこと。終楽章コーダの壮絶な暗黒の爆発まで、鋭敏な読みとアプローチで見事に描ききって秀逸。個々の作品は魅力的で楽しめたが、シリーズのコンセプトとしての選曲に説得力があったのか疑問も残る。それにしても湯浅は素晴らしい指揮者。邦人作品に限らず再登場を願う。

1月24日・東京文化会館
音楽評論家 諏訪節生)

音楽現代 '06 4月号“コンサート・フォトグラフィー(写真・文=木之下 晃)の頁にも掲載されております。


音楽の友 '06 3月号

東京都交響楽団(第621回)

「日本管弦楽の名曲とその源流2」と銘打たれた今回の都響の定期では、湯浅卓雄の指揮、山崎伸子のチェロによって、芥川也寸志の「弦楽のための3楽章」「チェロとオーケストラのためのコンチェルト・オスティナート」、プロコフィエフの「交響曲第6番」が演奏された。
 ヨーロッパ各国で幅広い活躍を続けている湯浅は、確かに日本人離れした感性や音楽性の持ち主であり、豊かなヴァイタリティに溢れるタフで集中力の高い演奏を展開し、そのユニークな個性を印象づけていた。2曲の芥川作品に示された彼のアプローチは、まるで古典に臨むような客観性の高い姿勢が感じられるものであり、そこでは、デリカシーに欠けるうらみも残しながら、楽譜から抽出された絶対音楽としての作品像が、みずみずしい感触でレアリゼされていた。「コンチェルト・オスティナート」では、左手の状態に少し不安も感じられたが、高い集中力を持続させた緊迫感に富んだ山崎のソロが光彩を放っていた。プロコフィエフは、恐ろしく凝縮されたエネルギッシュな熱演であり、細やかな陰翳や洗練された美観には乏しい一方、白熱的な力感がほとばしるダイナミックな表現が聴き手を圧倒した。

1月24日・東京文化会館

(音楽評論家 柴田龍一)


日本経済新聞(夕刊) '06 1月31日

都響「日本管弦楽の名曲とその源流」


芥川也寸志の内面あぶり出す

 「日本管弦楽の名曲とその源流」と題されたシリーズが東京都交響楽団の定期演奏会でスタートした。戦後日本の代表的な作曲家と、彼らとかかわりの深いヨーロッパの作曲家を組み合わせ、三年間で全六回が予定されている(別宮貞雄企画)。その第二回、芥川也寸志とプロコフィエフ作品の夕べを聴いた(二十四日、東京文化会館)。
 團伊玖磨・黛敏郎と並び戦後作曲家を牽引した第一世代である芥川は、デビュー当初から軽やかなリズム、親しみやすいメロディーで人気を集めた。「弦楽のための三楽章」(一九五三年)は初期の代表作で、平明なモチーフが変拍子や垢抜けた和声で彩られる。叙情的な子守唄をはさみ、両端楽章を簡潔にまとめた演奏が、小ぶりながら奥行きある三幅対を描き出した。
 「チェロとオーケストラのためのコンチェルト・オスティナート」(一九六九年)になると、芥川生得の明快さが音楽的思索の深まりと融合して、成熟した内面が現れる。チェロ独奏の山崎伸子がこの独白を粘り強くあぶりだしていった。
 生前の芥川は旧ソ連の作曲家と親交を持った。作品に流れる民族的活力と都会的洗練の間の絶妙なバランスがプロコフィエフを連想させることは、これまでも語られてきたことではある。だがこの日プロコフィエフ作品から選ばれたのは、シニシズムの色が特に濃い「交響曲第六番」。芥川のある種の煩悶を感じさせるチェロ協奏曲と抱きあわせたあたりに、企画者の通り一遍ではない芥川への視線が逆照射される。もっとも、一歩間違うと独善にも陥りかねないこうした対比が違和感なく成立したのは、込み入ったスコアから立体的な音像を立ち上げた湯浅卓雄の指揮によるところが大きいのだろう。
(音楽評論家 江藤 光紀)

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