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湯浅 卓雄 新聞・雑誌・インターネット 掲載記事


神戸新聞 '05 11月12日 「コンサートノート」

大阪センチュリー交響楽団「圧巻 力強さと透明感」
ブラームス交響曲全曲演奏会


 快演中の快演だ。湯浅卓雄指揮、大阪センチュリー交響楽団によるブラームス交響曲全曲演奏会の初回。交響曲第一、第二番は、力強さと透明感を併せ持つ響き、安定した合奏、個々の奏者の自発性など、いずれも優れた出来だった。
 まず、第一番。第一楽章の序奏は気負いがなく、各楽器の音がバランス良く聞こえ、速いテンポの主部では、十分な音量がある上、合奏の緊密さが一段と迫力を生んでいた。第二楽章では、弦の音が柔らかさと厚みを増し、オーボエのソロの表情が一段と濃厚になるなど、各奏者の自信と手応えが伝わった。
 心地よい流れの第三楽章に続き、第四楽章は圧倒的な気迫。序奏の最後のホルンソロは雄大で、主部での弦の掛け合い、クライマックスに向けた加速などは、切れ味に満ちていた。
 第二番第一楽章では、全体の音楽を力強く推進させる一方、各奏者のソロでは自在な表現。第二楽章は、部分ごとの多彩な表情変化が整然と処理され、一貫した流れがある上、各部分とも強弱、テンポの変化が自然で、練り上げられていた。
 第三楽章では、快活な中にも、時折のぞく哀愁の表情が味わい深い。第四楽章は猛スピードの上、ティンパニーの強打、金管の強奏は痛快なほどだが、粗さはなく、合奏も崩れず、引き締まっていた。
 大阪センチュリー響の技術の高さは以前から認識していたが、約七百人収容と中規模で、かつ音響の優れたホールで聴くぜいたくさは、想像をはるかに上回っていた。

3日・神戸新聞松方ホール
(藤本 賢市)



湯浅卓雄 指揮=ロンドン・フィル定期公演 レポート Vol.2

 湯浅が近いうちに再びロンドン・フィルを指揮することを願っている。
 とても素晴らしい組み合わせだ。


 アレックス・ラッセル 〜 Seen and Heard Concert Review
 オリジナル原文

 ドビュッシー、ラヴェル、シベリウス
 アナ=マリア・ヴェラ(ピアノ)
 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
 湯浅卓雄(指揮)
 ロイヤル・フェスティヴァル・ホール 2005年2月4日


 一見、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団(LPO)の十八番ともいえるお馴染みの古典プログラムには目新しいものはないように思われたのだが、湯浅卓雄の指揮によってこれらの作品が、驚くほど新鮮なものとなり、まるで新しく作り変えられたようだった。オーケストラも彼の指揮に温かく応え、終始緻密で堂々とした演奏を聴かせた。クロード・ドビュッシーの「海」はしばしば、優れたオーケストラがその技術を華々しく披露する作品であるような誤った捉え方がされるが、湯浅は室内楽のような親密さとデリケートな透明性をLPOから引き出した。
  オープニングの「海の夜明けから真昼まで」は瞑想的で蒸留され、淡い明かりの中の雰囲気をかもし出していた。
ミュートされたトランペットは夜明けの海にかかる灰色がかった白いもやを表現した。
 この楽章は大音量で、密度の濃い、過剰に膨れ上がった演奏がされがちであるが、LPOの演奏は、オーケストラのひとつひとつの楽器が輝きを放っていた。
 「波の戯れ」では、湯浅は透き通った質感と弾むようなリズムを生み出した。
 雰囲気ががらりと変わった最終楽章の「風と海との対話」でも、LPOは激しさとドラマを盛り上げながらも、クライマックスでのオーケストラの精細なディテールをかき消してしまうことはなかった。
 これ以上に雰囲気のある、ドラマチックで繊細な「海」は想像し難い。
 ピアニストのアナ=マリア・ヴェラのラヴェル、ピアノ協奏曲ト短調は、最初から最後まで単調の一語に尽きる。
 彼女の演奏は典型的な「ミシン型」ピアニストのそれであり、色彩に欠け、機械的。詩心も情熱もない。
 オープニングの「アッレグラメンテ」のフレージングにはなめらかさがなく、ひとつひとつの音がブツブツと切れ、ひっかいたように聴こえた。
 全体を通して、彼女の平凡な演奏は美的というより運動競技的で、それは音楽性ではなく筋骨のたくましさを感じさせるものであった。
 それとはまったく対照的に、オーケストラは個性と詩的感性に満ち、特にハープの絶妙な演奏、木管の快活な独奏は際立っていた。
 「アダージョ・アッサイ」での無感情なヴェラの演奏は荒く硬い音色で、求められる優雅さや鋭さに欠け、オーケストラの繊細な演奏がなかったら、まったく面白みの無いものになってしまっていただろう。
 「プレスト」でも、オーケストラの精力的な演奏、堂々とした落ち着きが、かえってヴェラの退屈な音と無菌状態のフレージングを強調させていた。 湯浅は、シベリウスの交響曲第1番では、その構成を完全に把握し、スコアに厳格なまでに忠実に、しかも真のシベリウス・サウンドのもつゾクッとするようなムードを維持しながら指揮することによって、最高のシベリウス理解者であることを証明した。
 はっとするほど冷たいクラリネット独奏で始まった「アレグロ、マ・ノン・トロッポ」のテンポの展開は素晴らしかった。 演奏が進むにつれて早まる鼓動。湯浅は弦から鋭く刻んだ張り詰めたリズムを引き出し、叙情的なハープと鮮やかに対比させた。
 この楽章を前へ前へと推し進めるティンパニー奏者は、全体を通して重要な要素となっており、サイモン・キャリントンの演奏は素晴らしい鋭さをもっていた。
 「アンダンテ」での湯浅の指揮は深い感情と理解の上に立ち、それは私がこれまでに聴いたことの無いような、このスコアのもつ準ロマン主義の暗黒の深淵を射抜くものだった。
 それとは好対照をなすのが「スケルツォ」で、軽快な優美さが感じられた。
 特に木管の独奏は実に堂々としていた。第1楽章同様、「フィナーレ」のオープニングは正確に測られ、熟慮され、チェロの演奏には粒子の重さが感じられた。湯浅はゆっくりとテンションとエネルギーを高めて行った。
 豊かで瑞々しい弦によってクライマックスへと導き、ついにキャリントンのドラマチックなティンパニーが鳴り響いた後、静かなロールがやがて静寂へと消えていった。 満場の聴衆は、この輝ける演奏に喝采を贈った。
 そして奥ゆかしいこの指揮者は、その称賛をオーケストラと分かち合おうと苦労していた。
 湯浅が近いうちに再びLPOを指揮することを願っている。とても素晴らしい組み合わせだ。
(アレックス・ラッセル)



湯浅卓雄 指揮=ロンドン・フィル定期公演 レポート Vol.1


 英国のアルスター管弦楽団の首席客演指揮者を1997年以来八年間も務めている 指揮者 湯浅卓雄は世界最大の流通量を誇るNAXOSレーベルから数多くの特選盤をリリースしていることも手伝って、目下世界各国から熱い注目を集めている日本人指揮者の一人だが、今月はロンドン・フィルハーモニー管弦楽団の定期公演(2月4日 ロイヤル・フェスティバルホール)とイーストボーン定期公演(2月6日 コングレスシアター)を指揮した。
 湯浅卓雄がロンドン・フィルを指揮するのは、何も今回が初めてのことではない。
 すでにこれまでも度々このオーケストラに客演し、EMIレーベルにリムスキー=コルサコフ『シェエラザード』やプロコフィエフ『キージェ中尉』をレコーディングしており、特に『シェエラザード』の演奏はHMV Classics シリーズにおいて、英国の歴史的巨匠 サー・トーマス・ビーチャムによる演奏とカップリングされて人気のあるディスクとしてリリースされている。
 ただ、今回の客演は前回以後、少し時期を経て行われるものであり、その間に湯浅卓雄の活躍ぶりは非常に発展的なものとなっていたため、今回の公演には欧州各国やオーストラリアまでに及ぶ、オーケストラの関係者等がその指揮ぶりを確認するために駆けつけていた。
 それに加えて、2005/06年からは日本においても、東京都交響楽団定期公演への登場や同交響楽団とのレコーディング、大阪センチュリー交響楽団との『ブラームス&シューマン・チクルス』。さらにボーンマス交響楽団日本公演への同行も計画されるなど、大きなプロジェクトが続くことから、この公演の模様をレポートすべく、ロンドンに赴くことにした。
 今回の公演のプログラムは
 ドビュッシー:交響詩『海』
 ラヴェル:ピアノ協奏曲 ト長調(ピアノ:アナ=マリア・ヴェラ)
 シベリウス:交響曲 第1番 ホ短調
 というものである。
 イギリス人のシベリウスに対する特別な愛着や造詣の深さは広く知られるところである。
 実際、イギリスのオーケストラによるシベリウス作品のレコーディングは1930年代カヤヌス指揮=ロンドン交響楽団に始まり圧倒的多数にのぼるし、ビーチャム、バルビローリ、ディヴィス、ラトル・・・・シベリウスを重要なレパートリーに位置付けている指揮者もイギリス人に多い。
 対して、オーストリア人(ウィーン)にとっては非常に縁遠いことはよく知られるところではあるが、オーストリア人である、ヘルベルト・フォン・カラヤンは第2、7番を生涯に2度、第4,6番を3度、第5番に至っては4度もレコーディングするなど、例外的な執着ぶりを示している。しかしその執心はフィルハーモニア管弦楽団の首席指揮者時代・・・やはり、イギリスに端を発しているようだ。
 今シーズン、ロンドン・フィルの定期公演では二人のフィンランド人指揮者 パーヴォ・ベルグルンドとオズモ・ヴァンスカとともに、ウィーンで学んだ日本人である湯浅卓雄がシベリウス作品の指揮を任されている。
 今回の定期公演における第1交響曲の選曲がオーケストラ側の希望によるものであることを考えると、これも湯浅卓雄への信頼の証と言えるかもしれない。
 公演前日(3日)ロイヤル・フェスティバルホールでは、フィルハーモニア管弦楽団(指揮=ミハイル・プレトニョフ)による演奏会が行われていたので、ロンドン・フィルのリハーサルはレジデンスであるこのホールではなく、ヘンリー・ウッドホールで行われた。
 4日 公演当日のロイヤル・フェスティバルホールでのゲネラルプローベはそういう事情も影響したのか、午後2時30分〜5時30分の3時間。
 しかも、休憩時間は短かく取られるだけで、リハーサルは迅速に、しかも、高い集中力を伴って、緻密に組み立てられてゆく。その様子は非常に気持ちのよいものであった。
 通常、大半のオーケストラの公演当日のゲネプロが1時間〜2時間程度のものであることを考えると、3時間というのは比較的長いし、さらにこの日は楽員達の積極性により、時間延長がなされるほどで、彼らのその熱意は、午後7時30分からの公演で更なる爆発的な威力を発揮した。 この日の客席は補助席・立見が出るほどの満員盛況ぶりで瞠目に値した。
 先に記した前日、このホールで開催された別のオーケストラの演奏会は空席が目立っていたし、演奏のクォリティも湯浅卓雄&ロンドン・フィルには遠く及ばない貧しいものだったから尚更のことであった。
 6日に彼らロンドン・フィルが赴くイーストボーンの地で作曲されたという、ドビュッシーの『海』は実に細密で多彩な表情と劇的で強大なエネルギーを兼ね備えた有無を言わさぬ説得力をもって聴衆を圧倒した。
 演奏直後の聴衆の噴出する爆発的な反応が結果のすべてを物語っていた。
 続いて演奏された、ラヴェルの協奏曲はソリストの几帳面で画一的なアプローチがこの作品の洒脱さをいくらか減退させてはいたが、指揮者とオーケストラの冴えたサポートに救われた。
 休憩の後に演奏された、まだ、ドイツ・ロマン派の影響の残る若いシベリウスの傑作も最初のドビュッシーでの充実にひけをとるものではなく、耳の肥えたロンドン・フィルの常連客を唸らせるものとなったようだった。 すべての演奏が終わった時、湯浅卓雄は今回の公演を機に引退する名首席チェリスト Robert Truman の長年の貢献に対する賞賛を聴衆に促した。
 しかし、それにも勝る喝采がオーケストラ・プレイヤー達や聴衆から、指揮者に与えられていたことを、時を同じくした者は忘れないことだろう。
 尚、トスカニーニ、クレンペラー、バルビローリ、カラヤン、テンシュテットなど、歴代の巨匠が稀代の名演奏を繰り広げた名門ホール、ロイヤル・フェスティバルホールは今シーズン以後、約2年間閉館するという。 あまりに老朽化がひどく、遂に大改修を行うそうである。
 この日、湯浅卓雄が使用していた楽屋もクレンペラーたちがここを占拠していた時代からほとんど変わっていない様子だった。



     
     

湯浅卓雄 ロンドン・フィル リハーサル風景 2005年2月4日ロイヤル・フェスティバルホール
 


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