フランシス・グトン リエンツィンゲンのフラウエン教会に出演
バッハとカサドというコントラストの効いたコンサート
チェロの名手が華麗な演奏で魅了
リエンツィンゲンのフラウエン教会で行われる『ミュージカル・サマー』に今年はチェロファンに嬉しいコンサートが登場。フランシス・グトンがJ・S・バッハと20世紀のスペイン人作曲家ガスパール・カサドの作品を組み合わせて、バランスよくコントラストの効いたコンサートを作り上げた。教会という心地よく温かみのある音響空間で、これらの魅力ある音楽が大きな悦びをもたらしてくれた。昨年トロッシンゲン音楽大学の教授に招聘されたフランス人チェリストのグトンは、バッハの無伴奏チェロ組曲2曲の間にカサドの作品を挟んでコンサートを構成。バッハは1717〜1723年のケーテン時代にこの六つの組曲からなる一連の作品を書き上げた。これはチェロという楽器がようやく音楽界に出始めた時期にあたる。何しろようやく1700年ごろになって、実験好きな楽器職人によってこの低音を響かせる弦楽器が弦楽器族の仲間に加わったばかりだったのだから。他の音楽家や作曲家たちがこの新しい楽器にまだおそるおそる向かっていた時代に、チェロという楽器が驚異的な響きの可能性を持つことを、この比類のない無伴奏組曲によって後々のチェリストたちにまで明示したのがバッハであった。
この楽器の不思議に魅惑的で、まことに奥の深い響きを味わいつくす技量を名手グトンは備えていた。グトンは厳粛に、しかも内なる情熱に導かれ、オープニングの第1組曲BWV1007を弾き始める。彼のボーイングは並外れて優れており、その弓はどんな細かい音(音価の小さい)も完璧に弾き出してみせる。続く楽章においても、その弓が非の打ち所なく歌うように美しい響きを紡ぎ出していた。この第一番は休憩後に演奏された第6番同様に厳格な響きを具えているが、グトンの音楽に寄せる理解によってそれが親しみやすいものに表現されていた。
日曜の午前中に行われたこの教会コンサートの後半には、組曲第6番ニ長調BWV1012が演奏された。ここでも再びグトンは彼の高貴な音色のチェロ(1734年ヴェネチア製)を豊かな音色と華麗な響きで弾き、その比類のない技量を繰り広げていく。
装飾的な様式美に満ち、変幻するテンポで流れていくこの旋律を、グトンは内面深くから湧き出る解釈によって演奏し、聴くものを感動と熱狂に巻き込んだ。それでいて作品が持つ快活な表情を際立たせ、味わうことも全く怠ってはいない。
バッハの二つの組曲の間には、チェロによる華麗な花火のごとき作品が演奏された。当地で全く知られていないこのガスパール・カサド(1897〜1966)の独奏曲を、ここリエンツィンゲンで演奏するのはフランシス・グトン自身の希望によるもの。
この3楽章からなる作品は明らかにスペイン音楽独特の雰囲気をもち、その民族的な要素が何度も現れては輝きを放つ。それが全く趣きの異なるバロック音楽と好対照をなしていた。おどけた舞踊風のパッセージが活き活きと情熱的に仕立てられていく。ここでも曲の冒頭から聴く者を魅了したのは、彼が完璧な技巧でもって楽器から引き出したその響きであった。その響きは温かく軽やかでありながら、常に緊迫感に満ちている。それはグトンがくれた最上級の音楽体験であった。
ミュールアッカー・タークブラット紙2008年7月1日付
ルドルフ・ヴェースナー
軽々と、そして活き活きと演奏されたチェロ組曲
トロッシンゲン音楽大学の教授でチェロの名手であるフランシス・グトンは、地味なスタイルながらも確実にキャリアを築いてきた。そのチェロの技量は有機的に発展してきたとの印象で、自負心が感じられる。彼のドメニコ・モンタニャーナ製の楽器(1734年ヴェネツィア)は温かい音色と共に力強さも持つ。
フラウエン教会(リエンツィンゲン)における『ミュージカル・サマー』に招かれたグトン(彼は15年前にも同教会で演奏している)のマチネーは、バッハの無伴奏チェロ組曲とスペインのチェロの大家ガスパール・カサド(1897〜1966)の組曲で構成され、舞曲ならではの楽しい雰囲気溢れるものであった。明るい長調の楽曲が並んだことで、このソロ・コンサートは温かい雰囲気になっていた。グトンの弓に弦は歓喜の響きを奏で、快活に飛び跳ねるように、時には天高く歓声を揚げるがごとき音色と響きで演奏していく。J・S・バッハのチェロ組曲第1番ト長調BWV1007では、音楽を苦もなく軽々と多彩な表情に弾き分けていった。導入の『プレリュード』では穏やかにたっぷりと、第3楽章の『クーラント』では渦巻くような流れを精妙に生み出していき、終楽章『ジーグ』はエネルギッシュにまとめていた。
コントラストに富んだ舞踏組曲
バッハのチェロ組曲第6番ニ長調BWV1012のコントラストに富んだ舞曲でも、グトンの解釈は単にリズミカルに強弱をつけるだけではない。楽曲に深い理解を寄せて演奏するグトンはそれぞれの舞曲の性格を的確に描き出していた。朗らかで優雅なところもあれば、時に激しいポジション移動でアクロバティックに、また時には大地に根ざした生命力を感じさせる。彼のゆったりと落ち着いた演奏ぶりは、それが実は超人的な技であることを全く気づかせなかった。
バッハの2曲の間に、カサドの3楽章からなる極めて旋律が美しく技巧的に華やかな作品が挿入されていた。グトンはこの民族的な色彩の舞曲で生気溢れる演奏をみせた。そこではグリッサンドや、装飾的なスケールの数々、重音、そして大胆なフラジョレット音など全く瑕疵のない技巧が駆使されていた。色彩豊かで、聴く者としてこれ以上は望めぬ爽やかな夏のマチネーであった。
プフォルツハイマー・ツァイトゥング紙 2008年7月1日
R.・ウーリヒ
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